前衛詩人黒田維理(1929-2005)の1958年発表の詩集の復刻版。
ジャズが流れ紫煙たゆたう都会の高級ラウンジを彷彿させるようなオシャレな作品だ。
文庫本サイズながら装丁もクールでいわゆる ‘‘coffee table book''(文字通りの意味で)としても素敵なアイテムかと。
横溢する横文字の数々(ジャズ、マドモァゼル、マダム、ナプキン、コクテル、シガー、スキャバレリ、アイシャドゥ、ルシアン・ルロン、ブランディetc.)と繰り返される転調が渾然一体となってナイトクラブの雰囲気 -喧騒やシガーの煙、香水の匂い、ジャズ、酒と涙と男と女- 等々ナイトシーンを現出させる。
それは琥珀色の壜の周囲
を見事な螺旋の弾条を描いていった
突然 月は
コイル状にねじれ
ばらばらな音楽になってしまった
ドラム・ソロ
-「粉砕」(部分)
ただ、黒田が目指した先、それは巻末のNOTEでも述べられているように、「日常生活のモードのなかにまぎれこんでいるloveとかlovelyなサムシング」の純粋抽出であり、『サムシング・クール』はそこに挑んだ言葉の実験室なのだ。
1950年代のおそらく東京で、慶應出身の現役の医師でもあった黒田が日常を詩へと昇華させる触媒として、また彼自身の美学と時代の空気とのインターフェイスとして散りばめられたjazzyな語彙には妙なリアリティがありながらも、同時にその作品には古さを感じさせない通時的魅力がある。
詩が蒸溜された言葉だとするならば、この『サムシング・クール』は中でも相当なハード・リカー。だから、夜中にじっくりちびちび飲るのがいい。