SagamiToshio’s blog

夕景/夜景ハンター。夜行性です。

ブレヒト『真鍮買い』より

「哲学者 いや、決して感情に反対してなんかいませんよ。人間の共同生活のいろいろな出来事の表現や模倣が成り立つには感情が必要なこと、あるいは、そういう模倣が感情を刺激することは、私だって認めています。私がたずねているのはただ、あなた方の感情、とくにある特定の感情を刺激しようとなさるあなた方の努力が、果たして模倣の役に立つかどうか、ということです。そのわけは私が実生活の出来事に特に興味をもつということだけは、残念ながら、固執せざるを得ないからです。つまり、もう一度強調させてもらいますが、この立派な、不気味な装置のいっぱい並んだ建物の中に来て、実は私は、まるで闖入者みたいな、局外者みたいな気がしているんですよ。私はただ楽しむためだけにここへ来たのではない。だが、ひょっとすると、怖いもの知らずで、みなさんに不愉快な思いをさせたのではないかという気もするのです。ただ、私がここへ来たのは、きわめて特殊な興味のためでしてね ーーその特別さはいくら強調してもしすぎるということはない。私の興味のこの特別さは、つまり真鍮商人が、ラッパではなく、ただ真鍮を買いたくて、楽団にやってきたみたいなものですよ。ラッパ吹きのラッパは真鍮製ですけど、それを真鍮として、真鍮の値段で、一ポンドいくらというふうに売る気は、ラッパ吹きにはまあないでしょうからね。それと同じに、私が欲しいのは、ここであなた方がある仕方で模倣しておられる出来事なのです。ところがあなた方の模倣は、私を満足させるのとは全然別の目的を持っている。要するに、私の求めているのは、人間間の出来事をある特定の目的のために模倣するのに都合の良い方法、まあ聞いてください、ここで製造されているのはそういう模倣かどうか、それが私の役に立つか、それを確かめたかったわけですよ。」

 

 

千田是也訳『ヘルベルト・ブレヒト演劇論集1』(河出書房新社, 1973